電子情報と情報リテラシー教育 土屋俊(千葉大学) 図書館と電子的情報のつきあいは、目録電子化、受入支払管理電算化からはじ まったとされている(JOLAの創刊は1968年)が、その段階ではまだ利用者から見 えるものではなく、図書館専門家にとってのみのもであったといえるであろう。 そののちにOPACが導入されることによって、利用者から図書館における電子的 情報を見ることができるようになった。しかし、これとても、インターネット を利用することが前提であったわけではない。したがって、一般の大学内の利 用者にとっては、図書館における電子化の実感は、資料そのものが電子的形態 で提供されるようになった段階ではじめて得られたものであったといえる。し かし同時にこの時期は、まさにインターネットを利用してさまざまな情報に触 れることができることを人々が自覚した時期でもあった。つまり、電子的情報 については、図書館がそれまでの学術資料の流通にはたしてきたいわば特権的 ともいえる役割を人々が認めないという可能性が生じたときだったのである。 これは、1990年代後半の出来事である。 この直後に一般化したものが電子ジャーナルである。電子ジャーナルは、ある 意味では、あまり斬新なものではない。掲載されているコンテンツは、昔なが らの学術論文であり、ゲームやその他エンタテインメントのほうがはるかに 「進んだ」斬新なコンテンツである。あるいは、その学術論文がその雑誌に掲 載されるプロセス、つまり投稿・査読・修正・掲載・参照・引用という過程も また昔ながらのものである。そのようなものについて、いまさらなにか特別な 利用者教育が必要なのであろうか。 一応ではあるが、この疑問への解答は然りである。昔ながらの学術雑誌といえ ども、そのものが電子化されることによって、利用上きわめて大きな変化が生 じるといわざるを得ない。「利用上の変化」と言っている理由は、その本質に おいては大きな変化があったわけではなく、むしろ、その本質がより顕在的に なり得るようになったのであり、そのことを実現するために「利用方法・利用 形態」が重要となったということである。すなわち、学術的成果は、それが独 創的なものであろうとなかろうと、学術研究コミュニティの脈略のなかに置か れてはじめて意味づけを得る。その脈略は、空間的・時間的なものであるが、 インターネットを利用したハイパーテキストとして学術情報が実現するように なると、この空間と時間との意味が大きく変化する。空間的には、自分の体を 移動させる必要が減少し、国境と言語を越えることにほとんどコストがかから なくなるという変化が生じる。時間的には、もちろんすべてが迅速化されるだ けでなく、古い文献を探すという作業、古い文献を知っているということの意 味が大きく変化する。つまり、いつでもそんなものは探せるのだから、そのよ うな知識がほとんど無意味化するのである。研究者に要求される成果は、この 意味で真に独創的であるか、そのような脈略を的確に提供するものであるとい うことになるであろう。 もちろんこのような変化は、ある意味で、すべての電子的情報について妥当す る変化であるかもしれない。しかし、そのような変化が学術情報の分野におい て生じていることが、学術研究の形態に及ぼす影響はきわめて大きい。ここで 考慮するべき変化の代表的な例は以下の通りである。 1. 研究者が自分でつくる「文献目録」の意味の変化 2. 「論文をコピーしてファイルしておく」という作業の意味の変化 3. 「引用文献を見にいく」という作業の意味と価値の変化 4. 論文で記述された事実を自分で再検証するという作業の意味の変化 5. 「最近の研究動向をサーベイする」という作業の意味の変化 これらの点について、なぜ図書館における利用者教育がこれからの研究の促進 と研究者養成において不可欠であるかを明らかにする。