大学改革と大学図書館

土屋俊(千葉大学)
文部科学省図書館職員短期研修講演
(2001年11月16日東京大学)

はじめに

現在の大学は、一方では高等教育と先端科学技術研究開発という社会的役割の履行を強くせまる社会からの改革の要請に答えると同時に、デジタルネットワークの社会インフラ化によって加速される社会の情報化という動向にも対応することを迫られている。前者の課題は、ある意味では日本に特有の事情すなわち国内事情であるが、後者の課題は全世界的にあらゆる個人、あらゆる組織が対応しなければならないものである。大学図書館は、この大学改革と社会インフラの情報化というふたつの圧力によって示される方向性を自覚して、その展開を図らなければならないと考えられる。

ここまでは当たり前の話である。しかし、この二つの方向性の間には、「ちょっと厄介な」関係があり、それこそが大学図書館の役割がハイライトとなる原因である。すなわち、これからの高等教育と先端科学技術の研究開発という大学の役割をよりよく果すためには、高等教育機関における情報インフラの確立が必要になるということである。ここで情報インフラというときには、一般に情報インフラといわれているものが、計算機システム、ネットワークなどをイメージしているのに対して、より広くソフトウェア、データベース、コンテンツなども含めて考えたい。大学においては1990年代の前半に、ハード面(計算機およびネットワーク)の整備が進んでいるが、コンテンツ面の整備はまだまだである。となると、これから問題になる情報インフラとは、まさに資料の整備を通じて教育と研究を支援するという大学図書館の仕事そのものになるではなからろうか。以下では、このような結論に至るまでに考え方の骨子を示し、さらに、その結論が意味することを明らかににとどめる。現代日本における大学改革という時代の波を前提として大学図書館について考えるときに、われわれが配慮しなければいけない問題点、そして、実際それらをめぐって現在さまざま検討がなされている点をまず列挙しておく。

このうち、1から4は、現在の高等教育がまさに人材養成を主たる目的とする教育機関としての社会的責任をはたすために考えなければならない観点であり、5と6は先端的研究機関としての大学が、情報化のなかで置かれた立場ゆえの検討課題である。これらの諸点についての考察は、おのずから、1990 年代前半以来語られていた「電子図書館」という概念に実質を与えるものであると同時に、当時の妄想を匡すものでもある。これが、7のテーマである。しかし、そのような観点から大学改革という課題に応えようとするとき、現在当然とされている教育・研究支援体制、事務組織体制がはたして適切なものであるかという疑問が生じてくる。たとえば、大学図書館は平成11年までの文部省の組織体制においては学術国際局が所掌するものであるが、大学そのものは高等教育局によってつかさどられている。もはや縦割り行政という陳腐な批判を繰り返す段階ではなく、大学は、学内のあらゆる力を結集して21世紀の大学の前提条件である情報基盤の構築に取り組まなればならなくなっているのである。この事態を図書館の側からはどのように見るべきであろうか。これが8のテーマである。

以下、この講義要項では、紙幅の制限から基本的問題の指摘と概括的な項目の提示にとどめることにする。本来であれば、大学改革の課題の要点を示し、そこから導かれる大学図書館にとっての課題を論ずべきところであるが、やはり紙幅の制限から、図書館にかかわる部分について中心的に論ずることにする。

学習図書館の理念

あえて指摘するまでもなく、日本の大学教育は1970年代の進学率の急成長期、すなわち、大学の大衆化の段階でその教育方法、教育体制の改革をみずから行なうことなしに量的な拡大を遂げてしまった。これは、60年代末の大学紛争期の後始末がこの時期の中心課題であったことによると考えられる。この結果は、大学教育に対する社会的批判を生むことになった。これが1980年代末から1990年代にかけてはじまった大学改革のひとつの契機であろう。すなわち、大学において、教育の名前に値する教育がなられているのだろうかという問題である。これに対する解答としてして1990年代を通じて検討され、提示された方向性は近年の大学審議会の答申内容に反映している。すなわち、大学においてみずから学習できる学生を育てなければならないという方向性である。従来の大学は、すでに学習の方法を身につけてきた学生を受け入れて専門的な人材養成を行なうという姿勢であったが、このような姿勢そのものを変革することが現在強いられていることになる。

このなかで大学図書館はどのような役割を担うことになるのであろうか。さまざまな審議会答申あるいは諸政党による教育に関する提言などではかならずしも触れられることはなぜか少ないが、教員の立場からも、一般市民的常識の立場からもその役割が重要であることは明白である。ずなわち、すなわち、たとえば米国などでは、(総合大学の)大学図書館は多くの場合、research libraryと undergraduate libraryとに機能的に分化し、それが建物構成などに反映している。今までの日本の大学図書館、とくに国立大学の図書館は、管理業務においてはresearch libraryであり、サービス業務においてはundergraduate libraryであったといってよい。しかし、undergraduate library的機能すなわち学習支援機能は、2つの点で不十分であった。すなわち、学生が集い、学術の雰囲気のある相互交流を行なう場としての機能の強化について、むしろ研究者にもとめられ研究者が好むような環境を優先させ、学生の集う場所としてのアメニティ向上の努力はかならずも顕著ではなかった。しかし、もし本当に真剣に大学を学生が自ら学ぶ場であり、かつ、学ばせる場であることを求めるならば、そして、undergraduate libraryの目的は、学生がみずから学ぶことを支援する環境でなければならないことは確実である。学部学生は、通常4年生にならないと「自分の研究室」と呼べるような環境はもたない(4年生になってももたないことが普通であるような学部は多い)。したがって、学生が勉強する場所は図書館以外にないのである。

もちろん、図書館が学部学生の「溜り場」になることは、さまざまな変化を強いることになる。すなわち第一には、蔵書構成が(教養教育を含めて)学部の教育と連携したものでなければならない。 Reserve stackをつくることも必要になるかもしれないし、教材の電子化にともなってマルチメディア教材の利用を可能とする環境をととのえなければならないかもしれない。第二には、「マナーを知らない」利用者が増えることに対応する必要がある。飲食をすることが資料と施設にとって致命的である場所以外での飲食は認めざるを得ないかもしれない。第三には、みずから情報を探索、入手する学生以外の「他力本願」の学生がふえ、レファレンス業務の性質が変わるかもしれない。そしてなによりも、学生が授業で必要とする図書がすべてそろっているという状況を作りだすことが重要である。このためにも、選書とカリキュラムとの連携をさらに積極的に実施しなければならない。

しかし、これらはすべて本来、学生が学習する場としての図書館にとっては当然検討ずみのことであるはずである。みずから情報を探索、入手することができない学生については、ともかく学部教育と十分な連携をとりながら、図書館のイニシャティブで指導するしかないであろう。この意味で情報リテラシー教育は大学改革において本質的な役割をはたすのであり、この観点からも図書館の役割は重要にならざるを得ない。

くわえて、大学など高等教育機関は、これからの少子化・高齢化社会における生涯学習の支援をすることが求められている。すでに、国立大学の図書館は、一般市民への門戸を開放しているが、さらに大学が生涯学習に対応する授業、公開講座を開設するならば、それにともなったより発展的な対応が必要となるであろう。一方、さまざまなオンラインの電子資料が、購入という形でなく使用許諾という形で導入されるようになるとき、一般市民のwalk-in useについてその社会的役割を確認するという作業が必要になるかもしれない。

このように、大学改革の進行にともなって、大学図書館の学習図書館としての役割の再定義と機能の向上が求められることになるであろう。

先端科学技術開発研究を支える研究図書館としての大学図書館

現在、非常に多くの大学で、研究用の資料、すなわち専門書と学術雑誌の購入は、校費が配分される単位ごとの判断にまかされている。このような方式の欠陥は、その予算上の単位から捕捉できる需要に応えるにとどまり、たとえば、自分のところでも学際的な関心を展開しようとする意欲的な学生からの要望に応えることができなくなるだけでなく、全学では共有できる供給源をそれぞれ独自に確保することに走るという事態に陥ることである。このような事態を回避するためには、図書館が情報の開示、調整を積極的にすすめなければならないであろう。さらに、近年のオンライン雑誌の普及は、キャンパス単位の利用を前提とする場合が多く、ますます図書館の調整機能が期待されるようになっている。

さらに、専門的研究における成果公表は、いままで必然的に少部数の出版を余儀なくされていたが、インターネットの普及は、そのような成果公表をネットワークで行なうことを可能とした。しかし、これとても個々の研究者にとっては容易に利用できる手段ではない場合もあり、かつ、それらの文献が相互の参照などを含んでいる場合には、図書館がもつ(書誌)データベース機能などと連携することによってよりすぐれた成果公開となることであろう。

さらに、図書館あるいは研究室にある資料のなかで共有することが望ましいものについては、研究支援という立場から電子化を図り、資料の保存・研究者への公開・教材利用という3つの方向での活用を推進することが必要である。これらは、大学全体としての研究推進の観点から、図書館と関連研究室が連携して電子化をすすめ利用環境を整備しなければならない。共有のための利用環境の整備という観点では当然ながら図書館の役割は大きく、また、電子化という作業自体が多くの場合、書誌目録への登録などを含むので、図書館はまったく無縁であるわけにはいかない。

今後の大学における先端的研究においては、その成果を社会に具体的に有用な形で迅速に還元することが求められるようになり、そのことを促進するための方策がさまざまに提案されている。TLOはその一例であるが、このような技術移転のために図書館がもつ役割は、しばしば忘れられがちであるが、重要である。すなわち、研究者サイドの観点からは、類似研究、類似発明に関する文献、データベースの充実と検索の支援が必要となる。このような支援は、とくに先端技術研究のためだけでなく、各分野において研究の学際化が図られつつある現在では、むしろあらゆる分野についての高度なレファレンスが要求されることになるであろう。さらに、実際に社会への還元をはかる際には、知的財産権 (特許、著作権など)にともなう処理が必要となる。特許については、おそらくTLO自体が処理することになるであろうが、著作権にかかわる部分については図書館がいままでの蓄積を前提として一定の役割をはたさなければならない。

「電子図書館」とキャンパス情報基盤

学習図書館と研究図書館という重要な機能をさらに実現するためには、大学図書館自体としてはどのような改革が必要であろうか。

上述したような課題に応える大学図書館が「電子図書館」的機能を持つことは言うまでもない。収集資料のかなりの部分を電子化された資料が占め、さらにそのうちでもオンライン提供を受け、ネットワークで共有するものの比率がますます高くなるであろう。図書館はこのような段階では、もはや本を守っているだけではその役割を果たしたことにはならず、それらの資料をそれぞれのキャンパスの状況に応じて契約、収集、管理することの中心とならなければならない。そのために必要なことは、第一にキャンパスの需要を把握すること、第二に電子出版を含めた出版事情に通じて自分の大学にもっとも有利な条件で契約を結ぶこと、そして、統合的かつシームレスな資料構成としてユーザに提供するということである。近世文学の本、浄瑠璃の録音DAT、歌舞伎のビデオなどが相互に参照可能な形で提供できるようにシステムを構築することなどがその例である。(ただし、このように視覚化される電子図書館は、1990年代なかばに構想された「電子図書館」とは異なる内容のものである。そこでは、図書館みずからが(貴重)図書を電子化することなどが想定されていたが、今後はそのような文献については研究者のがわでのデジタル化が中心となり、また、あらたに刊行されるものについては、コマーシャルベースで資金回収が可能なものがそもそも電子媒体として刊行されるようになるであろう。)このような電子図書館機能において重要な点は、情報収集、企画、予算運用の質を図書館が問われるようになるということであり、これからの図書館機能におけるこの分野の重要性を忘れてはならない。

さらに、すでに述べたように、大学改革が進行するなかでは、図書館は学内の情報(コンテンツ)流通の中心になることが確実である。そのような流通は、教官による教育から学生による学習を横断するものであり、研究成果公開と学習支援機能を同時に提供することが要求されるようになる。今後の大学改革においてはさらに、学内のさまざまな運営機能が電子化されることが予想される。たとえば、物品調達の電子化は、予算管理の事務電子化は進んでいるという状況では比較スムーズに進行するであろうし、学生に関する個人情報管理は一層一元化されることが確実である。これらの大学全体としての電子化、デジタル化は、必然的にハード・ソフト両面にわたる統合化、一元化を要求することになる。実際、インターネット技術は、情報の種類、目的にかかわらず一元的な物理的手段で情報を流通することを可能にするものであり、この技術を組織内の運営に活用したものがイントラネットと称せられることが多いが、まさに、キャンバスの情報基盤はこのようなイントラネットとして実現することにならざるを得ない。このことは、このような情報基盤の運用のための組織的一元化によってもっとも効果的に実現できるものであり、したがって、これらのキャンパスの情報化においては、学術情報、教務情報、事務情報を問わない一元的基盤を構築せざるを得ないのである。

図書館は、この基盤構築において、すでに述べたようなかかわりから考えてもっとも中心的な役割を果たさざるを得ない。この意味でこれからの大学改革の正否は大学図書館がイニシャティブをとれるか否かにかかっていると言っても過言ではないであろう